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あとがきにかえて


(c)sega


私は今まで、言葉を選ぶあまり、つい「みんな」という言葉をよく使ってしまっていた。よく考えれば文章を書いていた時、記事ごとに思い浮かべた人がいたはずだ。
それは「みんな」なんて広い範囲を指してはいないと思う。せいぜいその「みんな」が指す人は2、3人だし、時には唯一人にだけ思いを伝えようとキーボードを叩いた事もあった。

ある時はゲームの中でのキャラクターや、その物言い、考え方にまでに尊敬の念を抱く人達を思い、こうなりたい、という文章を書いたこともあった。
またある時は、近しい立場にいる人達の辟易するような言動に、棘のある言葉を綴ったこともあった。そんなことを言ってほしくない、と思ったからだ。

もう二度と会うこともない人達に向けて素気のない言葉を呟いたこともあった。取り残されたのが悔しかったからだ。悲しかったからだ。

言葉の行き先は、チームメンバーやその周囲にいる人達へ。
だから私はこのチームブログに主観的な意見を書き込んでいくことに違和感を感じてはいたけれど、その人達の目に触れる場所という点においてチームブログを理想の環境だと思っていた。

チームを形作るもの。それはチームメンバーひとりひとりに他ならない。更に、そこに携わってくれる人達を含めて、一つのチームは成り立っている。
フラッグシップ――実はこの言葉は最近になって覚えたのだけれど――なんてものがないこのチームでは、ねおちらっぴでは、それをよりはっきりと感じることができる。


ねおちらっぴは少し変わったチームだ。自由で平等。そう、奔放過ぎて、立場が平坦過ぎるのだ。

チームで集まってクエストに行く人達がいれば、1人で気ままに遊んでいる人がいたり、チームとは別の集まりで遊んでいる人がいたりする。
チームとはこんなものか?これほど自由なものなのか?仲間というものは、責任感や罪悪感の混ざりこんだ、もっと複雑なものだったはずだ。

このチームではメンバーそれぞれが自分や他人のプレイスタイルを尊重することを善しとしている。
本当にそんな風に思えるのか?きっと思える。他人のプレイスタイルで自分が楽しめるとは限らないからだ。

チームメンバーそれぞれが自分の楽しめるようなやり方を持っている。
自分の楽しみを増やすため、他人のプレイスタイルを受け入れた上で、チーム全体がより良い雰囲気になればいいと思っている。

マネージャーが提案をする中で、コモンメンバーやビジターも意見を交わし、発言する。
チームマスターさえ他のメンバーと同じような立場で意見を発し、自分に非があれば謝っている。
ゲームについての話でも、他の話題について話している時でも、立場は逆転を続け、気づけば足場は真っ平らだ。
チームメンバーとはこんなものか?これほど平等なものなのか?集団というものは、もっと優越感や劣等感の混ざりこんだ、ごちゃごちゃとしたものではなかったか?

こんな軽やかな集団には初めて出会った。しかし、そんな集団を見たことがある気がした。小説や映画の中で、漫画やアニメーションの中で。
このチームのような雰囲気は、どこかできっと理想とされている。思い、綴られ、描かれるほどに。

寝てます。立ったまま。ラッピーが。可愛い。そんなチームです。


ねおちらっぴではしばらくの間、メンバー募集を停止していた。
一時期はログインするメンバーも減り、だからこそ新メンバーを改めて募集する流れにもなったはずだ。
だけれど、なんでこのチームでは解散というものを思い浮かべることもなかったのだろう。

そこには、おなじみの会話のリズムであったり、慣れ親しんだ愛称を口にした時の親しさと恥ずかしさのようなもの。
何より、チームメンバーそれぞれがチームを親しみ深いものだと認識して、チームをより良い雰囲気にしていこう、という思いがあった。

ねおちらっぴ、口に出すとなんだかしっくりこないところがある。それは自分の名前を口にした時の違和感とよく似ている。


ねおちらっぴは愛され、親しまれ、2周年を越えていく。新しいチームメンバーや、懐かしいチームメンバーを迎えて、日々を進んでいく。
このチームはこれからどうなっていくんだろう。避けることが出来ない終りがあるとして、それはいつのことになるんだろう。どのようにやってくるんだろう。
それがやってくるその日まで、ねおちらっぴはきっとみんなと出会い続ける。みんなに形作られる。


私はまだまだ伝えていきたい。このゲームの面白さや、自分が思ったことについて。
そして、私がどれだけこのチームに感謝しているかということ。 どれだけ、みんなに感謝しているかということを。

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[ 2014/07/26 00:00 ] キギ | TB(0) | CM(-)

眠りに落ちる前に

ruin-kigy.jpg
(c)sega

もし自分がもうすぐ死んでしまうとしたら、
強烈な考え方だけど、結構ありがちな感じですよね。

最近ありがち、ありがちってよく思っちゃうんですけどあんまりこれ良くなさそう。

[ 2014/07/07 00:00 ] キギ | TB(0) | CM(0)

がんばろう!PSO2アークス共闘リンク2014 キギ編


(c)sega

水彩画で、色を塗るのが苦手だった。
鉛筆で下書きを消したり描いたりを繰り返して描いていく。
満足のいく下書きが出来上がって、色を塗り始めようというとき、その「下書き」がなくなってしまうのが嫌になった。
でも、他でもない自分が描きたかったのは色鮮やかな絵画だった気がして。


最近思うんです。
私はやっぱり夢見がちで、あの人と仲良くなれたら、あんなものを作れたら、と思うばかりで、
行きたい場所にも行きたいと思うばかりで部屋の中で過ごす時間の方が多いなあと。

会いたい人がいるなら会ってみるべきで、
行きたい場所があるなら行ってみるべきなのかもしれない、と。
やりたいことがあるのなら、今までやってきたことがぐちゃぐちゃになってしまっても、やるべきなのかもしれない、と。

ちょっとありがちな感じですけど。

[ 2014/06/24 22:00 ] キギ | TB(0) | CM(9)

崩落する連想

lobby-620-kigy.jpg
(c)sega

東日本大震災。
まだ記憶に新しい大事件だと思います。
当時の私はオンラインゲームさえ知らない無知な若者でした。
今もまだまだ未熟な若者なんですけど。

当時、震災は私にとってまさに悲劇でした。
親しい人が亡くなったとか、
沢山の人が悲しい思いをしたとか、
自分の無力さを思い知ったとか、
そういった事とは少し別のところで私は思い悩んだものです。

[ 2014/06/21 02:00 ] キギ | TB(0) | CM(9)


(c)sega

このゲームを初めて、しばらくは「チャット」という機能に悩まされることは少なかった。
とはいえ、パソコンでチャットするのは初めてだったので会話のスピードに慣れるまでは時間がかかったけれど。


ゲームを初めて、チームに出会うまでの1、2ヶ月間くらいだろうか、
私がチャットの発言先とするのはパーティーが殆どだった。

レベルが近い人や同じ目的を持つ人のパーティーを探し、参加する。
チャットで連携を取りながらクエストをクリアし、
クリア後はゲームのシステムへのちょっとした小言を言ったり、たわいない会話をして、
きりのいいところで解散する。

その延長線上でフレンド登録をした人もいたけれど、
その関係が続いたのは良くて数日だったように思う。
それは私にとって「やりやすい」関係であり、「物足りない」関係でもあった。

[ 2014/06/19 00:00 ] キギ | TB(0) | CM(0)





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