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眠りに落ちる前に

ruin-kigy.jpg
(c)sega

もし自分がもうすぐ死んでしまうとしたら、
強烈な考え方だけど、結構ありがちな感じですよね。

最近ありがち、ありがちってよく思っちゃうんですけどあんまりこれ良くなさそう。




こんばんは。キギです。

PSO2でまた遊べるようになりました。
個人的にはとても嬉しくて、でもなんだか、それをどう受け止めたらいいのか。
どういう顔でまたログインすればいいのか分かりませんでした。

今回のサービス停止というものは、
評判や評価という意味でのものより、かなり分かりやすい形で死というものを連想するものでした。

「眠りにつくみたいに目を閉じて、そのまま二度と目を覚ますことはなかった。と思ったら起きた」みたいな。
そんな風に感じてました。全然ロマンチックじゃないけど。


PSO2が私の手元から離れて、こんな言い方は変だけどいつもより余計なことを考えてしまう。
それについては散々言葉にもしたから大分満足した気もするけれど。


少し前のことになるんですが、「死」をテーマにしたショートフィルムを見ました。
その作品自体は私の記事とは無関係に見てほしいので紹介はしませんが、
その気になればすぐに見つかるものなので気になったら探してみてください。

内容としては「ある学生が5分後に死んでしまう状況になった時にどんな行動を起こすのか」というものでした。
簡単に言えばやり残したこと、心残りになってしまっていることを主人公は次々に片付けていきます。
片付けるって言い方が適切なのかは分かりませんけど。

そのショートフィルムの内容に圧倒されてしまい、
「自分もいつ死ぬかわからないのだから、やり残したこと、心残りなことのないように生活していこう」
私がそう思ったように、そう思うのは正直簡単だと思います。


でもこのショートフィルムが言おうとしていることは、
スティーブ・ジョブスの名言とともに作品中でも示されるように、
大抵の事、例えば他人からの期待や、自尊心。屈辱や挫折に対する恐怖心。
それらは死に際した場面では「どうでもいいこと」として消え去る。
そして、本当にその人が大切にしているものだけだが残る。

私なりの解釈ですけど、そういうことを言いたいんだと思います。


日常での日々を本当に大切にしている人がそういった状況を迎えても特別なことはしないだろうし。
そんな人は本当にいつも通りの行動をするんでしょうね。


だから、サービス停止を死という言葉と並べるのは正直抵抗があるけれど、

PSO2というゲームでの私が死に際したような状況になって、
私は自分がそこで本当に重要としているものを思い知るかたちになった。


ここまで書いておいてがっかりさせるかもしれないけれど、
それは正直言葉にできるほどはっきりとしたものではないと思う。

でも「こういうことかもしれない」なんて思うことはできた。

実際にいつもの自分ならしないようなことを沢山した。
いつもやっていることに普段より時間をかけて取り組んだりもした。


私はやっぱり自分のやりたいと思うことをやりたい。
少し嫌なことがあってもできるだけそれを丁寧にこなす中で、好ましい部分を見つけたい。

どうしてもそういう部分が見つからないと思ったなら、その時は、分からないけれど。


あの時自分に残ったもの、思い浮かべたものを大切にして、日々を過ごそう。

[ 2014/07/07 00:00 ] キギ | TB(0) | CM(0)

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